日本史

日本史の知識アップデート一覧

源頼朝像、鎌倉幕府成立年、士農工商、人物再評価など日本史の最新研究一覧。

収録件数: 21 件
見直された 歴史・学説

源頼朝像の人物同定

昔(昭和〜平成)
神護寺所蔵の肖像画は源頼朝本人の肖像として決定版として掲載されてきた。
↓
今
現在では「伝源頼朝像」と表記され、足利直義(あるいは足利尊氏)説も有力視されている。
教科書が変わった 歴史・学説

鎌倉幕府の成立年説

昔(昭和〜平成)
「1192年(いい国)」を幕府の単一成立年として教えていた。
↓
今
1180年(東国支配)、1185年(守護地頭設置権)など多段階の成立過程として記述。
教科書が変わった 歴史・学説

江戸時代の「士農工商」身分制度

昔(昭和〜平成)
江戸時代は「武士・農民・職人・商人」のピラミッド型固定身分秩序と説明された。
↓
今
「士農工商」は職業分類用語であり、実態は武士と庶民の二分法中心で農民が上という序列ではない。
教科書が変わった 歴史・学説

「聖徳太子」という呼称

昔(昭和〜平成)
飛鳥時代の政治家を当然の呼称として「聖徳太子」と表記していた。
↓
今
尊称・信仰上の名称であり、実在の呼称として「厩戸王(聖徳太子)」と併記されるようになった。
教科書が変わった 歴史・学説

大化の改新(645年)の区分

昔(昭和〜平成)
蘇我入鹿倒幕クーデターそのものを「大化の改新」と呼んでいた。
↓
今
クーデターを「乙巳の変」、その後の政治改革全体を「大化の改新」と呼んで分離・整理した。
見直された 歴史・学説

武田信玄の著名肖像画

昔(昭和〜平成)
大きな髭を生やした勝服姿の武将画が「武田信玄像」とされてきた。
↓
今
画中の家紋や史料から「畠山義総」または「高坂昌信」説が有力視され「伝武田信玄像」とされる。
見直された 歴史・学説

足利尊氏の著名騎馬像

昔(昭和〜平成)
刀を差し馬に乗った有名な「騎馬武者像」が足利尊氏の肖像とされてきた。
↓
今
馬具の家紋や頭上の花押から、尊氏の執事「高師直」またはその子の像である説が濃厚。
教科書が変わった 歴史・学説

仁徳天皇陵の名称表記

昔(昭和〜平成)
巨大前方後円墳を「仁徳天皇陵」と決定的な名称として教えていた。
↓
今
被葬者を確定できないため遺跡名「大仙陵古墳(伝仁徳天皇陵)」と表記されるようになった。
教科書が変わった 歴史・学説

「踏み絵」と「絵踏み」の区別

昔(昭和〜平成)
キリシタンを踏ませる「行事」も「道具」も一括して「踏み絵」と呼んでいた。
↓
今
道具を「踏み絵」、足をのせる年中行事を「絵踏み」と厳密に区別して教える。
見直された 歴史・学説

江戸時代の「鎖国」概念

昔(昭和〜平成)
日本が海外との交流・貿易を完全遮断し世界から孤立していた状態とみなした。
↓
今
「4つの口」(長崎・対馬・薩摩・松前)を通じて活発に外交・貿易を続けた管理体制と再評価。
教科書が変わった 歴史・学説

縄文時代は「原始的な移動狩猟採集」説

昔(昭和〜平成)
縄文時代は移動を繰り返しながら狩猟・採集・漁労のみを行っていた完全な原始時代と教えられた。
↓
今
三内丸山遺跡の発掘などにより、クリの栽培管理やマメ類のプランテーション的植物利用、大型集落での定住…
より正確になった 歴史・学説

江戸城無血開城の「完全無血」イメージ

昔(昭和〜平成)
勝・西郷の会談のみで江戸全体がほとんどの血を流さず引き渡された。
↓
今
城は開いたものの、彰義隊による上野戦争など激しい市中戦闘が発生していた。
現在も議論中 歴史・学説

邪馬台国の所在地決着説

昔(昭和〜平成)
邪馬台国の所在地は「九州説」または「畿内説」のどちらかで近いうちに完全決着すると考えられていた。
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今
纒向遺跡(奈良県)の発掘により畿内説が優勢を見せる一方、放射性炭素年代測定の誤差や九州説の新たな考…
より正確になった 歴史・学説

昭和金融恐慌と片岡蔵相の言い間違い

昔(昭和〜平成)
昭和2年の昭和金融恐慌は、片岡直温大蔵大臣の「東京渡辺銀行が破綻した」という完全な失言デマだけによ…
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今
失言は引き金に過ぎず、関東大震災後の震災手形処理の行き詰まり、渡辺銀行の過剰融資と実質的な経営破綻…
見直された 歴史・学説

三角縁神獣鏡=卑弥呼の鏡説

昔(昭和〜平成)
三角縁神獣鏡は魏の皇帝から卑弥呼に与えられた「親魏倭王」の鏡100枚そのものであると広く学校で教え…
↓
今
現在では中国での出土例がなく日本国内で型が作られた国産(呉系渡来職人作)説や、呉鏡説も有力視され、…
見直された 歴史・学説

小早川秀秋の「松尾山問鉄砲」伝説

昔(昭和〜平成)
関ヶ原の戦いで小早川秀秋は日和見(ためらい)を決め込み、徳川家康から「問鉄砲」を撃ち込まれて恐怖し…
↓
今
問鉄砲の記述は後世の二次史料(『二次軍記』)にしか存在せず、開戦当初から秀秋と家康の間で裏切りが内…
見直された 歴史・学説

冠位十二階・十七条憲法の聖徳太子「単独制定」説

昔(昭和〜平成)
十七条の憲法は604年に聖徳太子(厩戸王)単独の天才的構想によって一括制定された日本初の近代的法典…
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今
『日本書紀』編纂時の倫理的・政治的思想や後世の加筆・成立過程が指摘され、太子個人による一括即時制定…
見直された 歴史・学説

蒙古襲来(元寇)の「神風(台風)一発逆転」勝利説

昔(昭和〜平成)
元寇(元軍の襲来)は日本武士の無力さに対し、偶然吹いた「神風(暴風雨)」のみによって奇跡的に敵船が…
↓
今
鎌倉武士集団の集団戦法への適応、防塁(元寇防塁)による上陸阻止、および元軍内部の補給不備や艦船構造…
見直された 歴史・学説

関ヶ原の戦い「当日半日で終了」説の見直し

昔(昭和〜平成)
「関ヶ原の戦いは東西両軍が布陣し、当日のわずか半日の野戦で小早川の裏切りによって全合意が形成された…
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今
単日の合戦だけでなく、大垣城周防戦や美濃・北陸・九州など日本全国規模の数ヶ月に及ぶ戦略情報戦・前哨…
見直された 江戸時代史・政治史

田沼意次の評価「わいろ政治家・悪徳政治」から「先進的重商主義改革者」へ

昔(明治〜昭和期)
田沼意次は収賄や腐敗政治で幕政を混乱させ、天明の大飢饉を招いた悪徳政治家として描かれた。
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今
米依存の農本主義から、株仲間の公認や蝦夷地開発、海外貿易拡大など印紙税・商業資本を活用した日本初の…
見直された 江戸時代史

徳川綱吉「犬を偏愛した天下の愚君」から「文治政治・生命尊重の改革者」へ

昔(明治〜平成初期)
第5代将軍徳川綱吉は「生類憐みの令」により犬を極端に優遇し民衆を苦しめた「犬公方」「極悪の稀代の極…
↓
今
殺伐とした戦国時代の遺風(捨て子・辻斬り・暴力を容認する風潮)を脱し、儒教的道徳に基づく「生命尊重…
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