馬渕睦夫氏の事実誤認一覧

馬渕睦夫氏の事実誤認一覧

 ロシアのウクライナ侵攻で注目を浴びている馬渕睦夫氏の事実誤認を集めました。離れた事実と事実を脳内で都合よく結んで陰謀論を語るまでは個人の自由ですが、そもそもその事実が誤っていれば、それはただのデマゴーグです。言葉の一つ一つを精査していきます。

緊急特番!『馬渕大使登場!ウクライナ危機は2014年から始まる”ネオコン”対プーチンの闘いだ!』ゲスト:元ウクライナ大使 馬渕睦夫氏

「2015年11月24日、トルコ軍機がシリアとトルコの国境近くでロシア軍機を撃墜したのは、ネオコン分子によるプーチン潰しである」(6:38)

 ロシア軍爆撃機撃墜事件の経緯はWikipediaに掲載されています。ロシア空軍は同事件の前10月にもトルコ領空を侵犯しており、その当時、ロシア公式は「悪天候によるもので、わずか数秒だ」と声明を出しています(BBC)。この直後に起きているのでプーチンが挑発したのか、いつものように雑なロシア人の操縦ミスなのかはわかりませんが、これを馬渕大使はネオコンの謀略によりパイロットの操縦ミス?挑発?を誘ったと言いたいようです。

「(2014年ウクライナ騒乱時に)ネオナチに乗っ取られた。西側は反対を伝えるんですが、実はネオナチがデモに紛れ込んでデモ隊を射殺した。」(19:00)

 なぜネオナチが味方である反体制派デモの主導者を射殺するのかわかりませんし(馬渕氏は都合よく偽旗作戦だと主張していますが、権力を持たない反体制派が偽旗作戦を使って次何ができるのでしょうか8時間ほど問い詰めたいです)、DAILY BEASTが当時、KGBウクライナ支部の後継諜報機関である「SBU」による犯行だと独占証拠写真付きで報じています(Exclusive: Photographs Expose Russian-Trained Killers in Kiev)。馬渕さんは想像、 DAILY BEAST は証拠写真付きです。

「プーチン大統領がやったことは、ネオナチの基地を叩いたんです。ですから一般の国民はほとんど影響受けてないんです。」(21:11)

 西側メディアのみならず、メドゥーザザ・モスクワ・タイムズといったロシアの独立系メディアまでも日々のウクライナの惨状を伝えていますが、都合の悪い情報は見えないようです。もしくは反プーチンは皆西側メディアのようです。どれだけプーチンが好きなのでしょうか。

「南の(ザポリッジャ)原発もね、火災を起こしたっていうんですけど、どこがっていうと研修施設なんです。つまり原子炉には手を付けてないんですよ。だからそういうことはね、既存メディアの報道からもね、われわれは観ることができるんです」(22:00)

 偶然当たらなかった可能性や、原発の怖さを知らない若い兵隊だった可能性もある中で、これこそ自身が西側メディアの情報を都合の良く解釈していると気づかないのでしょうか(笑)。そういうリテラシーが必要と言ってますが、そういう妄想癖が必要と置き換えるべき親露な見方です。

 (4/27追記)チョルノービリ原発でロシア兵に監視されていた女性の証言がロイターに報じられており、それによると、ロシア兵は原発を拠点とすることで、ウクライナ軍からの攻撃を回避できる上、入浴や食事をしたり、休息をとっていたとのこと。

「火炎瓶を作っている映像はフェイクで、映像を流すことによって洗脳する」(23:00)

 フェイクではないですし、火炎瓶を作っている所を報じて何を洗脳しているのか、主語もなければ修飾語も足りないのでさっぱりわかりません(笑)。日本の有名ジャーナリスト、佐藤和孝氏が生中継で火炎瓶を作っている所をリポートしています。どちらが本物で、どちらがエセか読者が判断してください。

「例えばシリア難民の男の子が水死したっていう映像が流れたでしょ?それで一挙にシリア難民に対して世界の同情がいったんですが、あれもやらせだったんですね」

 確かに「シリアの3歳の男の子の溺死体が海岸に流れ着いた写真はやらせだったのではないか」という疑惑はありました。但しそのやらせは死んでいないのに死んだ子を演じたのではなく、岩場に打ち上げられた所だと撮影しにくいので、ビーチに置き直したのではないかというやらせ疑惑です。演出疑惑であり、なかったことをあったことにしたわけではありません。なかったことをあったことのように話すのは馬渕氏も負けていません。

「儲かるんですよ、戦争やってくれると」(26:00

 確かに軍事産業は目先の利益を得ることができますが、現在のように世界経済が連動する国際社会の中では、むしろ損をする資本家の方が多いです。経済に関してもうといようです。

「プーチンさんはほとんど目的を達成したんですね。つまり、非ネオナチ化に成功したんです。彼はネオナチ勢力が持っていた軍事基地を叩いたんですね。ですから、民間人には何にもやっていないんですよね。(33:50)

 この動画は3月4日に撮られたものだそうです。4月10日、プーチンはウクライナの軍事作戦を統括する司令官として、ドゥボルニコフを新たに任命しました。そもそも統括司令官は発表されていませんので、敢えて発表することに意味があり、これはまだ続けるという意思を表したものです。加えて任命されたドゥボルニコフ氏は、シリアで多くの民間人を標的とした無差別爆撃を実行した「汚れ役」として名を馳せています。ここからプーチンの強い意志が読み取れます。というわけで目的は達成していません。ちなみにですが、馬渕氏はオバマ、ヒラリー、トランプ以上敬称略には敬称をつけませんが、なぜかプーチンにはプーチンさんと呼びます。私はプーチンには敬称をつけません。

「これもやらせですがね、あえていいますが、ロシア兵にウクライナの婦人が来てあなた何しに来たんだって詰問する会話があったでしょ、(戦場なら)あんなことできるわけない」(34:46

 おそらく下の動画をことを言っていると思います。本当にバーチャルリアリティか、実際のシーンかは各自の判断にお任せします。

「非軍事化、非ネオナチ化ができればね、ウクライナの国民が幸せなんですよ」(36:00

 プーチンはウクライナ侵攻前の昨年7月、「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」という論文を寄稿しています。その中で、独立国家としてのウクライナの存在を否定しています。つまり、ウクライナの政権自体が反ロシア政権活動を行っているネオナチであるという認識なのです。それを裏付けるように、政権に影響力を持つといわれるTimofey Sergeytsev氏も「反ロシアのウクライナ国民は皆ネオナチ分子である」という主旨の声明をロシア国営通信社で発表しています。よってプーチンの考える「非ネオナチ化」は、独立を願うウクライナ人を皆粛清するということです。

「ネオナチのクーデター政権に蹂躙されて困っていたのはウクライナ国民なんですよ~今のゼレンスキー政権を(ウクライナ国民は)嫌っているんです」(37:00)

 ゼレンスキー政権の支持率がロシア人が多い東部に至っても過半数を超えていることもご存じないようです。さすがプーチンを信奉しているだけに、判断を誤ったプーチンと全く同じ感覚をお持ちです。

「ネオコンってね新保守主義者だって思っておられる方多いですけどね、まったく違うんです。共産主義者なんです~共産主義はグローバリストで、グローバリストというのは国境否定主義者なんです」(39:00

 自由と民主主義を獲得するために過激なことも辞さないのがネオコン(新保守主義)であり、対立するのは独裁専制主義です。とはいえ思想は個々時折変化するもので、考えはそれぞれ微妙に違うのですから、新保守主義だろうが共産主義だろうが一つにくくること自体ナンセンスだと思います。要はネオコンは国境否定主義者と主張したいようですが、国境を侵犯して破壊の限りをし尽くすプーチンは国境否定主義者ではないようです。都合の良い頭をお持ちです。

「尖閣列島は安保条約の五条の適用範囲内だって言ってますけどね、尖閣は日本領だとは一言も言わない。」(50:19)

 外務省は尖閣諸島のアメリカの認識について「日米安全保障条約第5条の適用に関し、尖閣諸島は1972年の沖縄返還の一環として返還されて以降、日本国政府の施政の下にあり、日米安全保障条約は尖閣諸島にも適用されるとの見解を明確にしています」とウェブサイトで公表しており、これも事実誤認です。

 「アゾフという武装集団が東ウクライナで親露勢力を虐殺していたんです。」(44:00)

 アゾフが虐待・虐殺していたという真偽不明の映像がSNS等でも増えていますが、どれも確証があるものではありません。しかしながら、ウクライナは東部ドンバス地域(=ロシア)との対立・紛争が今に始まった訳でなく、20年近く断続的に起こっています。それを口実にロシアがプロパガンダを流しているのが実態です。

 ウクライナは1917年のロシア革命後に成立したソビエト連邦の一部でした(写真下)。1991年ウクライナはソ連から離脱し、ロシア・ベラルーシなどの諸国と独立国家共同体(CIS)を創設します。

 しかしウクライナは徐々にロシアから離れ、欧州連合に近づこうとするのですが、一方で国内政治には腐敗が蔓延し、民主主義が未成熟なままでした。その内政に不満を持つ東部のロシア系住民に呼応するように介入してきたのが、2000年に大統領に就任したロシア・プーチン政権です。プーチンがソ連時代最も重要な経済圏の一つであったウクライナを手中に収めたいと思うのは合理的な考えです。2004年のオレンジ革命によって、親ロシアと親西欧に二分した国内は互いに勢力を争うようになります。そして2014年にユーロ・マイダン革命が起きると、親露派はロシアの後ろ盾を得て蜂起、ドンバス戦争へとエスカレートしました。同年2月クリミアを一方的に併合していたロシアは武器を渡すのみならず、ロシア軍自体が身元を隠して直接介入し政府を攻撃するようになります。それに対抗するべく、ウクライナの治安当局も過激に反撃するようになりました。

2004年大統領選挙結果。ユシシェンコ氏とヤヌコビッチ氏への得票率を示している(Wikipedia)
ウクライナでの2014年の親ロシア不安.png

2014年に起きた分離勢力によるデモ (Wikipedia)

ドンバス戦争に関する動画

 SNSなどではウクライナ治安当局といわれる過激な虐待動画が挙げられていますが、その真偽は定かではありません。ただロシアとしては(1)親露勢力が国内で事件を起こしたり、挑発する→(2)ウクライナ治安当局が反撃、弾圧→(3)ロシア国内ではこれを虐待・虐殺と報じる→(4)情報統制されているロシア国民はその情報しか見られないので、ウクライナが過激組織という認識になる。というプロセスを経て国民や親露勢力をうまく洗脳しようという意図があるのではないかと思います。さらにアゾフはロシア国内にもいる「ネオナチ」という過激な人種差別的思想を持つ人物が過去に混ざっていたことから、ロシア側の正当性を主張する材料として利用するのに都合が良かったのでしょう。いずれにしても、ウクライナ側としては国内治安を守るのが使命であり、ロシアの国境を越えた武力による現状変更は、国連憲章第二条違反ですので、ウクライナの虐待疑惑以前に明確に犯罪です。


「元駐ウクライナ大使 馬渕睦夫先生登場!ウクライナ侵攻に至る熾烈な利権争いの歴史を解説する」西田昌司×馬渕睦夫 真の保守対談 VOL.1

「2014年のウクライナのクーデターは、ネオコンが仕組んだ反ヤヌコービッチクーデターである」

 ロシア諜報員によって盗聴された内容が暴露され、当時米国務次官補だったヴィクトリア・ヌーランドがウクライナの民主化政変クーデターであるユーロ・マイダン革命に関わっていたことは事実のようです(下動画はロシア研究科Stephen Cohenによるロシア視点からの「ウクライナ政変」)。ただし、同時にウクライナにはそれ以前からロシアの諜報員や親露オリガルヒが潜伏し暗躍していたことも認識しなければ不公平ですし、国家を私物化するロシア傀儡政権に対する国民の発火点が偶然2月18日だったという見方もあるので、断定するには証拠があまりにも少ないです。

「ロシア人の虐殺を始めた」(6:06)

 馬渕氏ほか親ロシア派がよく用いるのが2014年5月2日に起きたオデッサ事件です。オデッサ事件とは、ユーロ・マイダン派(親ウクライナ)とアンチ・マイダン派(親ロシア)による対立が過激化して起きてしまった悲劇です。プロセスはウクライナ版Wikipediaに掲載されています(下動画は1日と2日の模様)。

 

 ただそれ以外は親ロシア勢力がウクライナ人を虐殺する事件はいくつか出てきますが(4/23)、ウクライナ人がロシア人を虐殺した事件は確認できません。ウクライナヘルシンキ人権同盟が2008年に公開したウクライナ国内での人権侵害事件報告によると、いわゆるネオナチなどと呼ばれる過激主義者によって暴力行為を受けた国別被害者は中国(43人)、トルコ(32人)、ドイツ(31人)、シリア(26人)、ポーランド(25人)、ナイジェリア(22人)、ジョーダン(16人)、ベトナム(15人)、米国(13人)、イラン(11人)ですが、ロシア人に対する人権侵害報告はありません。ウクライナ人ユーチューバーのクリスさんによると、ロシア人にとってウクライナは地方ような視点であり、ロシアがウクライナ人を差別することはあるが、ウクライナ人がロシア人を差別するという習慣はないそうです(【徹底解説】ウクライナでロシア語話者は差別を受けているの?)馬渕氏はこのオデッサ事件とドンバス戦争によって被害を受けたロシア人のみにフォーカスして「ロシア人を虐殺している」と主張している可能性があります

ミハイル・ホドルコフスキー氏はロシアの富を奪おうとしている財団「オープン・ロシア」を設立した。だからプーチンさんはホドルコフスキーを脱税容疑で逮捕してシベリア送りにした。(13:00)

 ホドルコフスキー氏は、1996年にロシアの大手石油会社ユコスを買収することで莫大な富を得て政権に対する影響力を強めた有力なオリガルヒで、同氏がオープン・ロシアを設立したのは事実です。しかしロシアの富を奪おうとしていたという根拠はなにもありません。むしろ、国内の非政府組織を支援したり、国立大学への寄付をするなど慈善活動家としても実績を上げていました。少なくとも同財団が設立された2001年以降2006年に閉鎖されるまで(実際は後継組織が2014年に再開し17年に閉鎖)、ロシア経済は好調でGDPは増加しています(下動画)。

 逮捕の理由はプーチンとの対話を経て対立関係となった後、2015年に暗殺されたボリスネムツォフ氏などの野党勢力に資金提供をしていたことに対する報復との見方が一般的です。当時のプーチン政権経済顧問であったミハイル・デリャギン氏は「政権にものをいう古いオルガルヒから新しいオリガルヒに入れ替わった」といった趣旨のことを述べています。

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