「「ひとだんらく」は誤り」は誤り

「「ひとだんらく」は誤り」は誤り

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 対面ではなかなか注意できなくても、ネット上には「その使い方はおかしい・その読み方は誤用だ」と指摘する“誤用バスターズ”を散見します。優しく指摘するなら良いですが、一方で言語は語源のまま使われるとは限らないのに、語源と異なるから「誤用」として広めるサイトがあり、それを鵜吞みにしたのかなぜか既知の優位に立って厳しく詰る人もいて、それはまるで「自粛」警察のように虚しく、ただただ脅威です。意志疎通することで成立する会話で用いられる語彙を安易に「誤り」と広められると弊害が出るので、これ以上広まらないように指摘しておきます。

「一段落」の読みは「いちだんらく」でも「ひとだんらく」でも良い

 「一段落」がなぜ「誤用」と言われるのかというと3つ理由があると思います。まずは文法的な違和感です。「一段落」は漢数字の「一」と「段落」の二つの名詞が合わさった複合名詞で、「一」を「ひと」と読めば和語(訓読み)、「段落」の読みが漢語(音読み)となっており、日本語の多くが「漢語+漢語」「和語+和語」で読まれる中において一般的な読み方ではないことは事実です。しかしながら、訓音で読む「湯桶読み」熟語や、音訓で読む「重箱読み」熟語も広く用いられているため、湯桶読みだから「誤り」とする根拠にはなりません。

 あるいは国語辞典の権威である日本国語大辞典で「ひと」を調べると、「一」の五番目の意味として「(「ひと…(…)する」の形で)その動作を一応する、一通りする意を表わす」とあり、「ひと苦労する」という「和語+漢語」の組み合わせ用例も掲載されています。そして「段落」には二番目の意味として「物事のくぎり。切れ目。」と記載されています。使い方は正しいように思えますが、「一苦労する」「一仕事する」などが「一+苦労する」「一+仕事する」のようにサ変動詞単体で使われるのに対し、「一段落する」は「段落する」というサ変動詞は使われておらず、「一段落+する」でしか分解できないのです。しかしこれに関しても「一纏め+する」「一巡り+する」「一通り+する」などあり、必ずしも「ひと」と読む時の条件として「一+サ変動詞」で構成されるわけではありません。

 2つ目の理由は「当初の読み方と異なるから」です。慣用表現の「一段落」を使い始めたのは江戸後期の坪内逍遥や森鴎外、福沢諭吉などです。物書きならではのウィットに富んだ表現だったからこそ大衆に広められた功績はとても素晴らしく敬服いたします。しかし当初の読みのみを正しいとすると、他に定着した慣用読みの熟語も否定しなければ矛盾します。例えば「消耗」は「ショウモウ」と広く読まれていますが、本来「耗」は「コウ」が漢音・呉音で、「モウ」は漢音・呉音・唐音のいずれでもなく、日本で広く使われていた音による「慣用読み」の熟語です。同様に「情緒(ジョウチョ)」も「緒」は「ショ」が漢音、「ジョ」が呉音であり、「チョ」は慣用読み、このような熟語は「運輸(ウンユ、本来はウンシュ)」「堪能(タンノウ、本来はカンノウ)」「立案(リツアン、本来はリュウアン)」など枚挙にいとまあらずです。同様に語源から派生した方言は全て誤用という論理になります。確かに語源は正しい言葉使いの根拠の一つにはなりますが、それが全てではありません。「広く使われること」も同等に言語の「正しさ」の根拠となることを理解すべきだと思います。

 その上で1993年のNHK「ことばのゆれ調査」によると、一段落を「イチダンラク」と読む人が8割いたのに対し「ヒトダンラク」と読む人は2割しかいなかったそうですが、近年行われた「毎日ことば」や「cancam.jp」などのアンケートでは、「ヒトダンラク」の方が多数を占めているのです。大規模なアンケートではないにしろ、これは「広く使われている」理由の一つとされるのではないでしょうか。

 「そんなこと言っても無駄。辞書には誤用と書いてある」これが最後の理由です。実際に手持ちの「広辞苑第五版」「新明解国語辞典 第五版」「大辞林」「角川類語新辞典」など、昭和の辞書の多くは「一段落」を「ひとだんらく」の見出しで調べることはできませんでした。しかし、2000年以降に改訂された「明鏡国語辞典第二版」「岩波国語辞典第七版」「現代国語例解辞典第五版」などの辞書には、誤読と指摘されながらも収録されるようになってきました。辞書はあくまで広く世間で使われている言葉を収録している書物に過ぎず、語彙の是非を認定する権利を持ち合わせてはいません。近い将来の改訂で「<ひとだんらく>ともいう」と記載されるかもしれません。

  

 このように多くの人が「ひとだんらく」と読むには合理的な理由があるはずです。例えば響きの問題があります。「イチダンラク」「ひとダンラク」はそれぞれ男性的、女性的な表現のニュアンスを感じます。「ひとダンラク」の方が柔らかいイメージがあるため、ほっとした情緒が伝わりやすいです。女性が活躍する現代だからこそ主流になってきたのではないかと読み取れます。ほかにも「一」+三音以上の熟語の組み合わせの熟語を新明解国語辞典で調べると、「イチ」と読む「一」+三音以上の熟語よりも、「ひと」と読む方が多いことがわかりました(下記)。これは三音以上の熟語と一を結びつけた時に「ひと―」という表現の方が相性が良い証であり、よく使われる表現は、自然と新たな表現が生まれます。これらの結果、「ひとだんらく」を創作するつもりで用いた人もいることでしょう。

「ひと」+三音以上の熟語

「一+休み」「一+巡り」「一+纏め」「一+握り」「一+通り」「一+仕事」「一+苦労」「一+工夫」「一+区切り」「一+安心」

「いち」+三音以上の熟語

 「一+個人」「一+段落」「一+大事」「一+見識」「一+面識」「一+人称」

 戦後日本において、標準語を広めるために方言を「悪い言葉」として教育していた黒い歴史があります。それはそこに根付いていた合理的な文化を強引に閉ざしたことと等しいです。安易な気持ちで誤用を指摘する前に、本当にその言葉の使い方が不合理であるかを考慮する余地は必要です。

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